第1回では、車いす選択の基盤となる心身機能・身体構造、シーティング、ポジショニング、生理的負担、疼痛、疲労について考えました。
これらを評価することで、手動車いすによる移動が可能か、電動車いすが必要か、あるいは両方が選択肢となり得るかを把握できます。しかし、車いす選定は「できるかどうか」だけで決まるものではありません。
実際の臨床では、手動車いすも電動車いすも使用可能なケースが少なくありません。
例えば、院内では手動車いすを自走でき、電動車いすも安全に操作できる方がいます。そのような場合に本当に考えるべきことは、
「どちらが使えるか」ではなく、 「どちらがその人の生活の中でより機能するか」
という視点です。
「能力」から「実行状況」へ
ICFでは、「能力(Capacity)」と「実行状況(Performance)」を区別して考えます。
能力とは、標準化された環境や支援がある状況で、その人が何をできるかを示します。
一方、実行状況とは、普段の生活環境の中で実際に何ができているかを示します。
この違いは車いす評価において非常に重要です。
例えば、評価室の平坦な床面であれば手動車いすを問題なく自走できるかもしれません。
しかし実生活では、
- 急いでトイレへ向かう
- 食事の準備をする
- 混雑した職場や学校を移動する
- 建物間を移動する
- スロープや屋外路面を走行する
といった場面が日常的に存在します。
さらに移動だけでなく、
- 移乗
- 更衣
- 整容
- 仕事
- 家事
- 余暇活動
に使うための体力も残しておかなければなりません。
そのため評価では単に、
「この課題はできますか?」
と確認するだけでは不十分です。
むしろ、
「必要な場所で、必要な時に、必要な頻度で、この課題を続けて行えますか?」
という問いが重要になります。
試乗で成功したことは、その方法が「可能」であることを示します。しかし、その方法が毎日の生活の中で現実的かつ継続可能かどうかは別の問題です。
「参加」の視点から考える
ICFにおいて移動は目的ではなく、参加を実現するための手段です。
私たちは移動そのもののために車いすを使うわけではありません。
車いすが必要なのは、
- 自立した生活を送るため
- 学校や職場へ通うため
- 家族との役割を果たすため
- 買い物へ行くため
- 友人と会うため
- 地域活動に参加するため
- 旅行を楽しむため
です。
つまり重要なのは、
「移動できるか」ではなく、 「生活に参加できるか」
という点です。
例えば手動車いすは、自宅内の短距離移動には最適かもしれません。
しかし広い大学キャンパスや大規模な職場では、疲労によって活動範囲が制限される可能性があります。
一方で電動車いすは、体力を温存しながら活動範囲を広げることができますが、移送や保管には課題を伴う場合があります。
だからこそ臨床では、
「どちらの車いすを選べば、その人がより多くの場面で社会参加できるか」
を考える必要があります。

環境も移動能力の一部である
車いすは単独で機能する機器ではありません。
本人の能力と同じくらい、環境も重要です。
自宅では、
- 出入口の幅
- 旋回スペース
- 段差
- 床材
- 保管場所
- 充電環境
などが影響します。
地域社会では、
- 坂道
- スロープ
- 縁石
- 不整地
- 天候
- エレベーター
- 混雑状況
によって実用性が大きく変わります。
また移送方法も見落としてはいけません。
車いすの重量やサイズ、車両への積み込み方法によっては、性能の高い機器であっても日常的な利用が難しくなることがあります。
さらに、
- 家族
- 介助者
- 学校職員
- 職場の支援者
- 保守・修理サービス
も重要な環境因子です。
可能であれば、評価は生活環境に近い条件で行うことが望まれます。
評価室だけでは見えてこない課題が、実際の生活環境で明らかになることは珍しくありません。

本人の目標と希望を中心に考える
同じ診断名で同程度の身体機能を持つ人であっても、最適な移動手段は同じとは限りません。
なぜなら、人によって望む生活や優先順位が異なるからです。
例えば、
- コンパクトで持ち運びやすいこと
- 自分の力で移動できること
を重視する人もいます。
一方で、
- 疼痛を減らしたい
- 疲労を最小限にしたい
- 長距離を移動したい
- より安定した自立を実現したい
と考える人もいます。
また、
- 外観
- サイズ
- 速度
- テクノロジーへの親和性
- 操作への自信
なども機器の受容や継続使用に影響します。
加えて、
- バッテリー管理
- 日常的な手入れ
- 故障時の対応
といった現実的な運用面についても確認が必要です。
本人の価値観や目標に合った選択ほど、長期的な使用につながります。
今日だけでなく将来も見据える
車いす選定では、現在だけでなく将来も考慮する必要があります。
特に、
- 筋力
- 持久力
- 呼吸機能
- 疼痛
- 疲労
が変化する可能性がある場合は重要です。
現在は成立している方法でも、数年後には大きな負担になることがあります。
また、
- 姿勢保持の必要性
- 体圧管理
- 介助者への負担
- 将来的な機器拡張性
も検討しておく必要があります。
最大限の努力を続けなければ成立しない移動方法は、長期的には持続しないことが少なくありません。
本当に良い移動手段とは、無理なく、繰り返し、安全に使い続けられるものです。
手動車いすと電動車いすを組み合わせるという考え方
すべての場面を一台で解決する必要はありません。
実際には、複数の移動手段を組み合わせる方が合理的なケースも多くあります。
例えば、
- 屋内や移送時は手動車いす
- 通学・通勤や地域移動は電動車いす
という使い分けです。
あるいは、
- 手動車いす+電動アシスト
- 電動車いす+予備の手動車いす
という組み合わせも考えられます。
重要なのは、
「どの車いすが最良か」
ではなく、
「その人の生活全体を通じて最も安定した移動を実現できるプランは何か」
という視点です。

80/20の考え方で優先順位を整理する
どの車いすも、すべての状況で完璧に機能するわけではありません。
必ず何らかのトレードオフが存在します。
そこで役立つのが80/20の考え方です。
これは厳密な数字ではなく、
生活の大部分に影響する重要なニーズを優先するための考え方
です。
検討の際には次の問いが役立ちます。
- 普段の生活時間の大半を占める活動は何か
- 安全や健康に最も影響する目標は何か
- 最も頻繁に遭遇する障壁は何か
- 許容できる妥協点はどこか
主となる移動手段は、まず日常の80%を支えるニーズに合わせて選択します。
残りの20%については、
- 電動アシスト
- 予備機器
- 環境整備
- 介助
- 別の移送手段
などを組み合わせて対応する方が現実的なこともあります。
臨床でのまとめ
ICFの枠組みを用いることで、私たちは単に
「この人は手動車いすと電動車いすのどちらを使えるか」
という問いから、
「この人が今後も安全に、自立して、自分らしい生活を送るためには、どの移動手段が最も適しているか」
という本質的な問いへ進むことができます。
手動車いすが最適な場合もあります。
電動車いすが参加や自立を大きく広げる場合もあります。
そして時には、複数の移動手段を組み合わせることが最良の解決策になることもあります。
重要なのは、手動か電動かという二者択一ではありません。
心身機能、活動、参加、環境、本人の目標を総合的に捉えながら、その人の暮らし全体を支える移動プランを考えることです。
それこそが、ICFの視点に基づく車いす選定の本質であり、長期的な安全性、自立性、そして生活の質の向上につながるのです。