手動車椅子にするか、電動車椅子にするか。
この選択は、「どちらか一方」を機械的に選ぶだけの話ではありません。
臨床の現場で本当に大事なのは、「その方が特定の移動機器を使えるかどうか」だけではなく、
その機器を実際の生活の中で、安全に、効率よく、快適に、そして長期的に無理なく使い続けられるかどうかです。
その考え方を整理しやすくするために、このブログでは「国際生活機能分類(ICF:International Classification of Functioning, Disability and Health)」の枠組みを使いながら、2回シリーズで考えていきます。
第1回となる今回は、評価の「臨床的な土台」となる要素に焦点を当てます。
具体的には、
- 心身機能・身体構造
- シーティングとポジショニング
- 活動遂行
- 身体的負荷
- 疼痛
- 疲労
といった点を取り上げます。
第2回では、手動移動と電動移動のどちらも「一応できそう」に見えるケースでの、より複雑な意思決定について考えます。そこでは、
- 参加の目標
- 環境から求められること
- 本人の希望
- 予後
- 長期的な持続可能性
といった観点を扱う予定です。
この2つの記事を通して、次のような問いからスタートしたいと考えています。
「この方は、手動車椅子または電動車椅子を使えるか?」
そして、この問いを、より意味のある臨床的な問いへと広げていきます。
「この方の機能、参加、安全性、そして長期的な生活の質を、最もよく支える移動手段は何か?」
ICFは、診断名だけに注目するのではなく、「その人が、実際の生活環境の中でどう機能しているのか」を考えることを促してくれます。
車椅子選定でICFの視点を取り入れると、「手動か、電動か」という二択が中心ではなくなります。
その方の機能、安全性、参加、そして長期的な生活の質を、どのような移動手段が最もよく支えられるのかを見極めることが、意思決定の中心になっていきます。
まず心身機能・身体構造から始める:ポジショニングが先
手動ベースと電動ベースを比較する前に、臨床職がまず確認しておきたい問いがあります。
「この方は、適切な姿勢で座れているだろうか?」
ここで重要になるのが、ICFの「心身機能・身体構造」の領域です。
シーティングとポジショニングは、
- 機能や参加
- 姿勢
- 動作効率
- 上肢機能
- 圧管理
- 疼痛
- 座位耐久性
といった、多くの要素に直接影響します。
ポジショニングが最適化されていないと、その方の能力が実際よりも低く見えてしまうことがあります。
その原因は「車椅子の種類が合っていないから」ではなく、「身体が十分に支えられていないから」かもしれません。
不良姿勢や不十分な支持は、例えば次のような問題につながります。
- 駆動効率の低下
- エネルギー消費の増加
- 肩への負担増大
- 体幹での代償動作
- 圧分布の偏り
- 褥瘡リスクの上昇
- 手の使用能力の低下
こうした要素は、最終的には生活全般における機能や参加を低下させる可能性があります。
そのため、多くの場合、車椅子ベースを選ぶ前に、まずシーティングとポジショニングを検討することが重要です。
臨床職は、シーティングシステムが次の点をしっかり支えられているかを評価する必要があります。
- 骨盤アライメント
- 体幹の安定性
- 頭部および上肢のコントロール
- 座位耐久性
- 圧分散
- ハンドリムや操作装置、その他の機器への機能的アクセス
このステップは、手動車椅子ユーザーにとっても、電動車椅子ユーザーにとっても同じくらい重要です。
どれだけ適切なベースを選んでも、不良なポジショニングを完全に補うことはできません。
また、支持が不十分で非効率な姿勢のまま評価を行うと、その方の本来のポテンシャルを過小評価してしまうことがあります。
シーティングシステムを先に検討することは推奨されますが、同時に、どのようなシーティングを採用するかは「どの車椅子ベースと組み合わせられるか」にも影響します。
そのため、評価の早い段階から、シーティングとベース選定をセットで考えていくことが大切です。

「できるか」だけでなく、身体的負荷も比較する
手動移動と電動移動を検討する際、臨床職は「課題を完了できるかどうか」だけを見るのでは不十分です。
その課題を行うために、身体にどれくらい負荷がかかっているのかもあわせて見る必要があります。
短距離移動など、シンプルな移動トライアルでも、例えば次のような項目を比較できます。
- 所要時間
- 速度と効率
- 心拍数の変化
- 血圧の変化
- 酸素飽和度
- 疲労のサイン
- 疼痛や不快感の有無
- 課題遂行中の安全性

もちろん現場では、いつも理想的な条件で手動と電動を並べて比較できるとは限りません。
時間が限られている状況も多いと思います。
そのような場合でも、短時間で確認しやすく、かつ有用な指標から評価を始めることができます。例えば:
- 上肢筋力
- 握力および手指機能
- 座位バランス
- 体幹コントロール
- 有効な除圧を行う能力
- 駆動時に生じる疼痛
- 短距離移動後の疲労の程度
これらの観察は、「手動車椅子の使用が機能的に有効かどうか」だけでなく、「長期的に見て持続可能かどうか」を判断する手がかりになります。
ここで大切なのは、「移動能力」は「身体的負荷」とセットで解釈する必要がある、という点です。
ある課題を達成できていたとしても、
- 過度なエネルギーを使っている
- 体幹で大きく代償している
- 疼痛が増悪している
といった状況であれば、その課題は、日常生活の一部として長く続けていくことは難しいかもしれません。
つまり、「できるか?」という問いだけでは不十分で、
それに続けて、必ずこう問いかける必要があります。
「それを行うために、本人はどれだけの代償や負担を払っているのか?」
車椅子操作だけでなく、「活動遂行」を見る
次に考えたいICFの領域は「活動」です。
つまり、その方が日常生活の中で、実際にどのようなことを行えるか、という視点です。
車椅子評価では、「真っすぐ前に進めるかどうか」だけを確認して終わり、というわけにはいきません。
移動に関連する日常生活動作、いわゆるMRADL(Mobility-Related Activities of Daily Living)も含めて考える必要があります。
例えば、次のような活動です。
- 寝室からトイレ・浴室まで移動する
- ベッド、車椅子、トイレ間の移乗
- 屋内空間での移動
- 自宅への出入り
- エレベーターの利用
- 学校、職場、地域生活で必要な経路の移動
- 除圧の実施
- 日常生活動作の中で手を伸ばし、手を使うこと
臨床現場でよくある落とし穴は、「この方は車椅子を操作できる」という判断で止まってしまうことです。
「操作できる」ことは、あくまで機能の一部に過ぎません。
より重要なのは、次の問いです。
「この方は、必要な日常生活の活動を、安全に、効率よく、繰り返し行うことができるだろうか?」
例えば、ある方がクリニックの広い廊下では手動車椅子を問題なく駆動できたとします。
しかし、自宅では、寝室からトイレまでの距離を移動するだけで時間がかかりすぎたり、疲労が強く出たり、頻繁に介助が必要になったりするかもしれません。
そのようなケースでは、「手動でも一応できる」からといって、それが日常生活の中で機能的に有効であるとは限りません。
「可能である」ことが、必ずしも「適切である」ことを意味しないという点を、改めて意識する必要があります。
疼痛と疲労は、「主観」ではなく重要な臨床データ
疼痛や疲労は、ときに「本人の主観的な訴え」として軽く扱われてしまうことがあります。
しかし、実際には、これらは非常に重要な臨床データです。
より一貫性をもって記録するために、臨床職は次のようなシンプルなツールを活用できます。
- 疼痛強度を評価するVAS(Visual Analog Scale:視覚的アナログ尺度)
- 主観的な努力感や疲労感を評価するBorg RPE(Rating of Perceived Exertion:主観的運動強度)
これらのツールは、異なる移動手段を使う前・使用中・使用後で、その方がどのように感じているのかを比較するのに役立ちます。
特に、長期的な手動車椅子使用を考えるうえで、疼痛と疲労は欠かせない視点です。
反復的な駆動動作は、上肢、特に肩に大きな負担をかける可能性があります。
もし手動での移動が、いつも疼痛や強い疲労の増加につながるのであれば、その手段を長期的に続けていくことは、現実的ではないかもしれません。
また、疼痛・疲労・フラストレーションを引き起こす車椅子は、次第に使用頻度が下がり、やがて使われなくなってしまう可能性もあります。
だからこそ、疼痛や疲労を「二次的な問題」として扱うのではなく、
その移動手段が、長期的に日常生活機能を支えられるかどうかを判断するうえでの、中心的な要素として捉える必要があります。
臨床的な振り返り
ICFの枠組みを使うことで、次のような狭い問いから出発するのではなく、
「この方は、手動車椅子または電動車椅子を使えるか?」
という問いを、より広く、包括的な臨床的問いへと発展させることができます。
「この方の心身機能、姿勢、持久力、疼痛、活動遂行は、実際の生活の中でこの車椅子を使う能力に、どのように影響しているか?」
車椅子選定において、「最初のステップ」はベースを選ぶことではありません。
最初のステップは、その方の機能的な能力、ポジショニングのニーズ、そして移動に伴う身体的負荷を理解することです。
そのうえで初めて、
- 手動移動
- 電動移動
- その両方を組み合わせた方法
のいずれが、日常生活の中で、安全で、持続可能な機能を最もよく支えられるのかを、検討し始めることができます。
最終的なゴールは、「評価場面で操作できる車椅子」を選ぶことではありません。
本当のゴールは、「実際の生活の中で、使い続けられる移動手段」を支えることです。
より快適に、より効率よく、そして時間がたっても自信を持って使い続けられるような移動手段を選ぶことが、何より重要だと考えています。
第2回では、こうした機能面の評価に加えて、
- 実際の生活で求められること
- 本人の目標
- 長期的な結果
といった要素が、最終的な移動手段の選択にどのように影響してくるのかを、一緒に考えていきます。